見頃芯を据える意味

ジャケットの前見頃と裏地の間には、毛芯(けじん)と呼ばれるウールの芯地が数枚重なって据えられています。

見えない部分なのですが、私はこの芯作りをとても重要視しています。

今回は、なぜ見頃芯が重要なのか、その理由を書いてみたいと思います。

どんな服でも、新品の状態は綺麗なものですが、

着込んでいくうちに、姿勢のくせがシワとして出てきたりして、形が崩れてしまいます。

それらを防ぐのが、この見頃芯の最大の役割と言えます。


私が作る見頃芯は「台芯」「胸増し芯」「肩増し芯」が重なってできていますが、

それぞれに大事な役割があります。

「台芯」はその名の通り、肩増芯、胸増芯を据えるために土台となる芯です。

基本は柔らかい毛芯を使い、適度な弾力でラペルの返りをふんわりと保つ効果もあります。


「胸増し芯」は、台芯よりもハリコシのあるしっかりした芯を使います。

胸のボリュームを作り、立体的なフォルムを保形してくれます。

また、ラペルの返り位置を固定する大事な役割もあります。

↑ 写真のジャケットはどちらも3年ほど着ている私の私物ですが、

左の茶のジャケットは胸増し芯アリで、右の青いジャケットは胸増し芯ナシです。

茶の方はラペルの返り位置がほぼ変わっていないのに対して、青の方は第二ボタンの下にまで返りがきていて、

見頃全体が反り返りそうになっているのがわかるかと思います。

最初はどちらも同じように綺麗でしたが、着ていくうち、時間が経つにつれ違いが現れてきました。


続いて「肩増し芯」は、肩から胸にかけての曲線を保形させるためにつけています。

素材は「バス毛芯」。馬の尻尾の毛を横糸に使用したとてもコシのある芯です。

肩周りは、骨で凹凸があったり、前に湾曲していたりで、複雑な形をしているのが普通です。しかも左右で違っていたりもします。

肩パッドでもある程度保形はできますが、私は極力薄い肩パッドを使い、肩増し芯で補強する方法をとっています。

その方が肩周りのボリュームがすっきりしますし、年中暖かい沖縄にも適した軽い仕立てになります。


↑ 写真は、台芯、胸増し芯、肩増し芯、を重ねてハ刺しで固定したものを上から撮ったものです。

肩の曲線、胸の曲線に沿って形作られているのがわかると思います。

この見頃芯が据えられていることで、何年経っても型崩れせず、長く着られる服になるのです。



以上、見頃芯は素材選びも含めて、テーラーの個性が出やすいところだと思いますが、

お客様それぞれの環境に適した仕立てを目指して、これからも深めていきたいと思います。